Kalafina秘話 富山 オーバード・ホール公演への道

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今回は、管理人が大きな期待を寄せる、11/28(土)オーバード・ホール公演のみどころについて、Kalafinaのブログを中心に過去の資料から証言を拾いながら、ドキュメント風にご紹介します。

富山といえば、Hikaruの故郷。
そう、今回の富山公演は、故郷への3回目の凱旋コンサートなんですね。
実は、管理人のオーバード・ホール公演への期待は、過去2度の富山公演はkalafinの歴史において、とても大事な節目となっている、と感じているからです。
なので、まずはその原点、最初の富山ライブ(Kalafina LIVE Spring TOUR 2011 “Magia” 2011年4月2日 富山県民会館)当時のことからふりかえってみたいと思います。

2011年4月、Hikaru初の凱旋コンサートへの期待

1回目の富山ライブ、ひとことで凱旋ライブ、といっても、かなり異例のものでした。
実はこれ、Kalafinaが国内・東名阪以外の地方都市でおこなった、初めてのワンマン・ライブなんですね。
音楽アーティストは通常、まず東京で人気を高めてから、→大阪→名古屋→札幌・仙台・広島・福岡など100万人都市、という感じに、徐々に人気を全国規模に広げていかないと、地方都市ではお客さんが入らず、採算が取れないのが通例だとか。そこを、いきなり富山。しかも会場はキャパ約1100人の県民会館、というハードルの高さ!それでもやってみようとなったのは、おそらくHikaruの故郷だからこそ。
主催者・北日本新聞社のライブ1か月半前(2011年2月18日)のこの新聞記事「4月の富山公演楽しみ Kalafina来社」http://webun.jp/item/1033548からは、そんなHikaruに期待する空気が感じられます。

富山は、「Kalafina Record」や「別冊カドカワ 総力特集Kalafina」でのインタビューでHikaru本人が答えているとおり、子どもの頃から歌手になる夢をずっと抱き続け、母親とともに努力してきた土地。
何度も東京にオーディションを受けては落ち、その都度、帰ってきた故郷。
そして、Kalafinaでデビューしてからも、初期は「メンバーは流動的」と言われていたので富山にいたものの、本格的に固定メンバーで活動継続となって、家族みんなで一大決心をして上京、離れてきた故郷。
その故郷に、上京からわずか2年で凱旋ライブ!メンバーの間でも期待が湧いていることが、次に引用した日記からもうかがえます。
2月18日「Magia、発売!!」(Wakana)http://kalafina.stablo.jp/archives/20110218-1.html
2月20日「たっくさん、もりもり」(Hikaru)http://kalafina.stablo.jp/archives/20110220-1.html

ところが、この期待は不安に変わります。

2011年3月11日、東日本大震災

3月12日「地震」(Wakana) http://kalafina.stablo.jp/archives/20110312-1.html
3月17日「少しずつでも懸命に」(Hikaru) http://kalafina.stablo.jp/archives/20110317-1.html
3月18日「3月18日」(Keiko)http://kalafina.stablo.jp/archives/20110318-1.html
東北を中心とした被害の大きさと、大きな余震が続く上、もっと大きな地震が来ないとも限らない日々。さまざまなイベントが中止を宣言します。
Kalafinaのツアーも、中止か否か、判断が求められました。
上記の3人の日記からも、それまで毎回のように書いていたツアーについての言及が消えていることから、彼女たちの不安がうかがえます。もしかしたら、Hikaru初の凱旋公演は、中止になるかもしれなかったのです。
ところが…、

Kalafinaは真面目に音楽に取り組んでライブを続けてきた

「でもKalafinaに関しては、事務所を含めて最初から迷うことなく“やりましょう”だったんです。Kalafinaは真面目に音楽に取り組んでライブを続けてきたし、音楽そのものにも、こういう状況で役割があるから。そこにブレはなかった。必要とされる音楽をやっているし、だったら以前から決めていた音楽をやれる場をなくしたり、変更したりすることはない、と。しかもただやったわけではなく、やるという“覚悟”を決めてやったということが大きいと思っています。」(キョードー東京 田山順一プロデューサー『別冊カドカワ 総力特集Kalafina』より)

“Magia”ツアーは、「東北地方太平洋沖地震被災者救済支援コンサート」と銘打ち、コンサート収益金を義援金として日本赤十字社を通じて寄付する、という役割も加えた以外は、大きな変更も無く実施されることが発表。
3月27日の大阪NHKホールから無事スタートし、2番目の会場、富山に向かいます。
(この大阪公演、Wakanaが涙ぐみ、実施できたことの喜びと意義という、複雑な思いを歌姫たちが秘めていたことをうかがわせます。ちなみに、管理人もこのツアーのうち3公演に参加しましたが、アンコールのラスト曲「光の旋律」に、こんな悲劇が起きた直後だからこそ歌われるべき「音楽の役割」がある、というチームKalafinaの想いを感じ、毎回、号泣でした。)

シングルCD「光の旋律」c/w「sapphire」(アルバム未収録の名曲!)

喜びと祈りの、富山1st.ライブ

そして迎えた4月2日、富山公演。
会場はほぼ満員!(※注・管理人の目視感覚)主催・北日本新聞さん、がんばった!!

開幕するや、会場全体に「Hikaruおかえり!」ムードが満ちていて、Wakanaとkeikoも「主役はHikaru!」とばかりに、彼女を立て、その喜びを、全力で音楽を伝えていくことで返そうとするHikaru。こんな暖かいKalafinaライブは初めて、というくらい幸せな空気を感じました。

Hikaru自身は、この時のライブについて、後にこう語っています。
「あの時は… 日本全体もそうでしたが、県民を愛する富山県人にとって2度の衝撃を体感した年だったので、
あのタイミングで「Magia」という願いを強く歌う曲をタイトルに掲げたLiveが出来たことは
自分の中でとても大きかったんです。

言葉にすれば溢れてしまいそうな感情や思いを全て歌にのせて、
あの会場にいる皆さんに あの会場から皆さんに 少しでも届けたい という思いでした。」
(※管理人注釈:「2度の衝撃」とは「平成23年豪雪」か?)
(※管理人追補:ツイッターでご教示をいただきました。2011年2月22日のニュージーランド地震(カンタベリー地震)のことだと思われます。この地震による日本人死者28人に、富山外国語専門学校の留学生が12人含まれていました。Hikaruも約2週間後の3/7、悲しみに直面したことをうかがわせるブログhttp://kalafina.stablo.jp/archives/20110307-1.html を記しています。2度目の衝撃、311はそのブログからわずか4日後でした。ご教示ありがとうございます。)
2013年7月28日「7月終わりの我が故郷を感じながら」http://kalafina.stablo.jp/archives/20130728-1.html

シングルCD「Magia」 c/w「snow falling」

そして、当時の日記では…
4月2日 「in富山」(Keiko) http://kalafina.stablo.jp/archives/20110402-1.html
4月3日 「Magia TOUR in富山」(Hikaru) http://kalafina.stablo.jp/archives/20110403-1.html

管理人にとって富山は初めて訪れる土地だったのに、このライブの観客とメンバーが一体となった暖かさに、「富山はKalafinaのホームグラウンドのひとつ!」と感じ、また富山で開催したら絶対に来よう! そう思わせるのに充分な、富山初ライブでした。

富山2nd. (高岡市)で次回の伏線!?

それから2年3か月。2013年7月27日、Kalafinaは2度目の富山公演を迎えます。
Kalafina LIVE TOUR 2013 “Consolation”

4th.アルバム「Consolation」

今度は富山市のお隣、高岡市は高岡市民会館。なんとキャパは前回の1.5倍の1600!最近の例を調べたら、矢沢永吉とかアルフィーとかHKT48とか!つまりは、そういうクラスでなければ埋まらない会場なのですが…。
ほとんど埋まって(たように管理人には見え)ました。主催・北日本新聞さん、再びがんばった!

再びの「Hikaruおかえり!」ムードの中、実は今年の富山公演の伏線となるトークが!
Wakanaを中心に…、「今回の富山名産の魚「ゲンゲ」が食べたい!けど時期が違うから、食べられない。次回のツアーはぜひ、ゲンゲが食べられる時期に!」→ 管理人注釈:時期は9月~5月だそうで、今回はまさに旬!?

なので今回の富山公演、「ゲンゲ」は食べられたか? は、注目ポイントのひとつです。

という、軽い伏線はさておき、ここから本筋。

ハプニング?Hikaruの“オーバード・ホール宣言”

アンコール。今は恒例となったグッズ紹介をHikaruが終えた後、ラスト曲前のMC。
ふだんはKeikoが締めるのだが、この日はHikaruをセンターに。
そして、生まれてから20年過ごした故郷・富山への想いを歌に込めていることを静かに語るや、最後に突然、
「富山に生まれ育った身としては、次はオーバード・ホールで!」
観客「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

この時、音楽に疎い管理人は恥ずかしながら知らなかったのですが、オーバード・ホールとは(以下、WIKI先生より)
正式名称・富山市芸術文化ホール。4層5階、総客席数2,200席の規模は、本州の日本海側で最大級のホール。客席は1,650席から2,200席。音響家が選ぶ優良ホール100選に選ばれている。(ここまで)
国内外の、クラッシック、演劇、バレエ、オペラ、ロックコンサートが行われ、つまりは富山が全国に誇る、優れた舞台芸術を発信する日本有数のホール、ということ。
(ちなみに、「オーバード」とは「朝の歌」の意味だそうな。)

そんな、とんでもない会場で「やる!」…とは明言してないが、単なる願望ではなく、明らかに“宣言”の力強さでHikaruは叫んだ。

ヒットチャートで1位常連というわけでも、CD売り上げが十万単位というわけでも、テレビ番組でたびたび顔を出す人気者というわけでも、キャリアが長い大御所というわけでもない。
ただHikaruには、Kalafinaにおいて「音楽に対して真面目に取り組んでいる」という、絶対的な自負がある。

まだデビューして数年。
でもそれまでに、この富山の地で20年近く音楽に取り組んできた。
その、芽が出ないまま黙々と積み重ねてきた努力の時間があったからこそ、デビューしてからも、梶浦由記という希代のコンポーザーの指導や信頼の置けるチームの下で努力を重ねることができ、そしてWakanaやKeikoというかけがえのない仲間とともに、故郷のステージに立つことができた。
だから、彼女は「富山に生まれ育った身としては」と、自分の音楽を育んだ土地の名を冠して、故郷の人々に向かって叫んだのではないか?

オーバード・ホールがなんたるかを知っている観客も、多くは「それはまだ無理」と感じながらも、それはあくまで「売り上げや認知度」だけであって、「音楽」においては「Kalafinaがオーバード・ホールで!?聴きたい!!」と期待したからこそ、あのどよめきが起きたのではないだろうか?
(ただ、高岡市民会館の関係者は「ええええええ~!?」と思っただろうし、そんな発言を事前にスタッフがオッケー出しているとは思えないので、管理人は「ハプニング」と見ております。
もっとも、控えめで周囲に気を遣うHikaruが、会場関係者のことに意識が及ばなかったとは思いにくいので、かえって「それでも宣言したい!」という意志の堅さを感じるのですが…どうでしょう?)

去り際の名手、Hikaru

そして、ラスト曲「夢の大地」も終え、退場する3人…、と思ったら、ちょっとタイミングをズラして残ったHikaruがマイクを持って、
「また帰ってくっちゃ!待っとってーーーー!!」と、富山弁で絶叫!
そして、スッとステージから去る…。

武道館2daysのラスト、舞台袖への去り際直前に、後ろ姿のまま指をビシッと突き上げた時もそうですが、このあたりのHikaruの瞬発的な魅せる力は半端じゃないです。

そして、その夜さっそく、Hikaruはブログで富山への想いを書き連ねたあとで、こう書いています。
「大好きな富山、
また必ず帰ってくるから
待っとってね!」
(7月28日 「7月終わりの我が故郷を感じながら」http://kalafina.stablo.jp/archives/20130728-1.html

「夢の大地」1曲配信

いよいよオーバード・ホールにKalafinaが立つ!

それから2年4か月。その間に、Kalafinaはさらに階段を上っていきました。
オーチャード・ホールでのX’masコンサートを実施、
初のベスト盤2枚は、“ハイレゾ”という音質重視の分野で1・2位独占という圧倒的な売れ行きを示し、
“武道館アーティスト”という称号も手に入れ、
テレビ番組を通じての知名度も上昇。

2年前は「まさか!?」だったオーバード・ホール公演が、いまや何の不思議もなく開幕しようとしています。(主催・北日本新聞さん、三度目のがんばれー!)
これはKalafinaという、最初はほとんど期待されなかったユニットが、少しずつ、でも確実に己の意志で成長してきたことの、ひとつの象徴ともいえる出来事です。

Hikaruのみならず、WakanaとKeiko、そしてチームKalafinaにとって、大きな節目となった富山公演。
その新たな現場に居合わせないわけにはいきません!
と、管理人はワクワクしております。

思いがけず、長くなりました。
我ながら、ここまで熱が入るとは思わず。朝を迎えてしまいました。
2015年11月28日、オーバード・ホールに集う皆様の参考になれば幸いです。


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